2026-03-20

胸の奥にある、ずきりとした衝動

当たり前に、みんなが感じていると思っていた感覚のひとつ。


幼少期から、左胸よりもすこし右下のあたり、みぞおちよりも少し上の方が
ずきり、とした痛みというか熱に近い感覚、衝動と言えばよいのか。
そんな感覚を味わうことが多かった。

ずきり、としたと思うと上に登ってくるような
ぐわーーーとした感覚。
それを味わうのが好きだったことを思い出した。

小さい頃は、自分で感じようとすればコントロールして感じることができたし
不意打ちに感じることもあった。

私が不意打ちに感じるときはたいていこんな状況にあった。

宝石をみたとき、繊細な世界を覗いたとき
美しい語感の単語に触れた時(柘榴、とか紫、とか感じが多かったな)

特に花の名前、樹木の名前にはすごくよく反応していたのを思い出す。

大人になるにつれて、どんどんその感覚が失われていき
ついには失われたことさえ忘れていた。

でも最近、その感覚を思い出すことができた。

やってみたい!とか興味深いことに触れると発動するみたい。

感極まると衝動が発動して「やりたい!」に変わっていく。
そうかぁ、そうだったのかぁと腑に落ちた。

今日は久しぶりに感じることが出来たのでこの記事を書いてみました。
ちなみに、手作りのスコーンのレシピを見ていた時でした笑

もし自分がそれを感じるとすれば占い関係かと思ったわ笑
自分でもびっくり!スコーン作りたいんだ!笑

そうそう、この間、尾道でめちゃくちゃ美味しいスコーン食べたからかな・・・。
息子にもスコーンつくって、とご所望されたこともあるのかもしれない。

私が語感に対して、衝動を感じていたのは
繊細な世界へのあこがれがあるのかもしれないな、と思っている。
これは占星術での性格診断や手相にも表れていたからそうだろうと思う。

この感覚のことを人に話すと、ナニソレ?(・・?って言われることがほとんどで
気持ちを共有できることがなかったな。

つまり
自分が当たり前だと思ってることは実はそうでもないかもよ、ってこと。
そのヒントが小さいころにあるのは
色んな人の手相・人生を聞いて感じること。

小さいころ、何をして過ごすのが好きでしたか?
毎晩、どんな夢をみていますか?それはいつの時代ですか?
そこにヒントがあるかもしれません。

そして身体の感覚と気持ちをつなげて考えると
自分のことがより深くわかるかもよ、ってことでした。

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